住職あいさつGreetings

みんなに喜ばれる仕事をしよう

小学生の頃、『みんなに喜ばれる仕事をしよう』というタイトルで発表をして賞をもらったことを、父である前住職にたくさん褒めてもらいました。自らの人生のテーマとして大切にしていることです。

普段はお寺の住職として人の生死にまつわる様々な相談ごとにも応じさせていただいています。一方で、社会福祉法人しょうれんじこども園の園長もしており、こどもたちのおかげでにぎやかな日々を過ごしています。

そういった経験の中で、正蓮寺はお檀家さんや地域の皆さんだけでなく、多様な分野の方々に支えていただいています。葬儀社さん、石屋さん、仏具屋さんはもちろんのこと、庭木の手入れや大工仕事、電気工事、終活の相談員、弁護士など始業の皆さんなど、心強い専門家たちが正蓮寺に集ってくれています。きっとそれぞれが『みんなに喜ばれる仕事をしよう』と思って、正蓮寺に関わってくれているのでしょう。地域におけるこの専門家ネットワークこそが、正蓮寺の強みです。

仏教において、人間が持ちうる四つの苦しみだと言われる「生老病死」。 言い換えれば「安心して生きたい、安心して年を取りたい、病気になっても安心したい、安心して死んでいきたい」ことの表れです。どの局面においても困っている人々の助けとなり、かなしみの中でも生きる意味を見出せるように「生老病死のセーフティネット」でありたいと願い、日々活動しています。

困った時はご相談ください。そして、用事がなくてもいつでも気軽にお立ち寄りください。

住職の写真
渡邉元浄(わたなべげんじょう)

昭和55年6月生まれ。先代住職であった父の死後、22歳で住職に就任。幼稚園保育園の園長を勤めながら住職を預かり、子どもにもわかりやすい法話を心がけています。1児の父。趣味はスポーツ(パデル)。ポッドキャスト「伊豆の国しょうれんじラジオ」を配信中。

歴史History

正蓮寺のはじまり

  • 江戸時代の慶長8年(1603)、わたなべはんもんによって開かれました。戦乱の世に生まれた半左衛門は、「今は浮世に望みなし」と憂いて仏道に入り、出家得度し如法にょほうと号すると、伊豆の国 江間 鳥打村に居住し、正蓮寺の第一世住職となりました。 第一世住職の如法は、情に厚く誠実に仏法を説いたことから多くの人々から帰依を受けました。そこで如法は、鎌倉時代に北条義時の嫡男・八千代丸が寺子屋に通ったという「千葉寺(現:伊豆の国市北江間千代田団地)」の本堂を鳥打村に移設し、正蓮寺本堂として建立しました。

こども園の歴史

  • 昭和42年(1967)、十八世住職のしゃくげんりょうが、現在のこども園の礎となる「らくせいえん」を開園しました。元了は幼少期に親と死別し、祖母やお檀家の皆さまに支えられ教員となり、「私の教育の最後の灯をここに」との願いを込めて園を開きました。「楽生園」がその後「寿じゅこうようえんらくせいいくえん」となり、「しょうれんじこども園」へと至ります。また、園がモットーとする「あの子もこの子も仏の子 どの子もどの子も大切に」ということばは、先代となる十九世住職 釋 元和しゃく げんなの遺訓であり、その心は今も生き続けています。