2025年8月31日
正蓮寺植物日記 | 8月 訪れたい場所
今回の植物日記は、びゅーんと旅して岩手県九戸村で出会った植物についてご紹介したい。
きっかけは我が家のお寺「正蓮寺」の住職、渡邉元浄さんとの対話から出てきた「甘茶」だった。
「甘茶」とはガクアジサイ科の変種を、発酵・乾燥させた茶外茶※のこと。非常に甘みが強く、全世界の仏教徒がお釈迦様の誕生(4月8日)を祝う「花祭り(降誕会)」でも使われ、仏教ともゆかりが深い。4月から始まった植物日記の最初の記事にある通り、正蓮寺薬草園のえくぼの丘の日影ゾーンとお山さんにも密かに植えている実験中の植物でもある。

甘茶の一大産地 岩手県九戸村へ
甘茶の木は比較的冷涼な気候を好む。ここ数年は、九戸村も全国的な高温と多日照により、他農産物と同様に葉焼けなどが発生していた。取材日となる8月22日まで美しい葉が保たれるか、当日までハラハラしながらの遠征となった。
フィールドワークをコーディネートしてくださったのは、岩手県九戸村の産業振興課農政技術員である髙橋好範さん。やりとりは今年の年初から始まる。
1月に問い合わせた際は「甘茶栽培マニュアル」をお送りくださったが、アマチャは冬季は丸坊主の状態。収穫時期となる8月にぜひ、ということで機が熟しての訪問だ。
取材は「九戸村総合公社 甘茶工場」「甘茶大規模農園」「甘茶の少量生産加工の担い手」「産直施設オドデ館」「公社の冷蔵試験施設・実験育苗ほ場」と甘茶の全てを調査できるスペシャルコースを組んでくださった。
前日入りして宿泊した宿は、高橋さんからご紹介いただいた九戸村唯一の宿泊施設「ふるさとの館」。日中は暑かったものの、山間にある宿の夜間気温は20度くらいまで下がっていた。
露天風呂から見える静かな九戸の村。秋の虫が涼やかに鳴いておりぐっと期待が高まった。
いつもふとした瞬間に願う「ここではない、どこか」に来ている。
旅に出られた喜びに浸る夜だった。
九戸村総合公社 甘茶工場

九戸村総合公社 甘茶工場
まずは九戸村総合公社へ。甘茶工場工場長の葉澤博貴さんにお話しを聞いた。
「甘茶」は加工に最大の特徴がある。他の茶外茶(ハーブや和薬草茶など含む)でも珍しい、発酵という過程が重要。
私は静岡茶の視察や取材の経験があるため、発酵加工は和紅茶に近いイメージを持っていたが…
別の世界が広がっていた。

加工の工程は大きく分けて5つに分類され、2日間かけて制作する。
<甘茶の製造工程>
1. 収穫した葉を茎からはぎ取る
2. 温風で萎凋させる
3. 揉捻機で揉み込む
4. 発酵させる
5. 乾燥させる
収穫された大切な茶葉は、福祉事業所利用者の方に依頼してもぎ取り作業を行い、工場にやってくる。
工場内では30年以上のベテランのスタッフさんを筆頭に、萎凋(半乾燥)加工から取り掛かる。大きな木箱は約50kg!3人がかりでかき混ぜながら温風を吹いて水分を飛ばしていく。

この萎凋の乾燥が不十分だと、揉捻をかけて、発酵過程に行ったとしても青葉のまま残ってしまう。
だからこそ、手慣れた職人が葉の乾燥具合を目視・手触りで判別しなくてはならない。茶葉の加工は高温の時期に行い、体制の多くはかがみ姿勢、さらに1ケース10キロの茶葉を動かすなど重労働。

揉捻する機械は、静岡の茶工場で使われているものと同じだろう。
ブラシのついた圧のかかる揉捻機で一気に揉み込む。

均等に発酵できるよう、ほぐしながら状態を確認し、発酵に向けた状態を確認。

ぐるり、ぐるりと回っていくアマチャの茶葉はかわいらしく巻き込んでおり、慣れ親しんだあの姿に近づいてきている。

発酵の過程がとても可愛らしかった!
たらいに詰めて固められた甘茶をひっくり返してぽん!まぁるいプリンのような姿になったアマチャ。

布袋を被せ一晩発酵させ、その後2時間ほど乾燥機にかけて完成させる。

いずれの時間も目安であり、実際の決め手は工場長葉澤さんの五感を頼りに加工を終了させる。九戸村の甘茶を紡ぐ、まさにキーマンである。

甘茶農場へのフィールドワーク 酷暑の弊害
続いてご案内いただいたのは、一番大規模に作られている方の甘茶農場。
アマチャは1メートルほどに成長しており、サイズとしては収穫にふさわしい状態のはず…
しかし全体を見渡すと農園後方が赤茶色くなっているのが写真でもわかるかもしれない。

酷暑による高温障害による葉焼け、全く雨の降らない日々が続くため害虫により弱ってしまったことなどいくつかの理由がある。九戸のアマチャは殺虫剤は使っておらず、肥料もほぼ使用しない自然な形の育成を行なっているが今後も同じ形で栽培が続けられるのか、悩ましい状況だという。
(肥料に関しては九戸村は養豚が盛んなため、地産地消の一環で有機肥料を使用する場合もある)
気象変動、人口減少や高齢化など、大きな課題は九戸村にも影響をもたらしている。
課題解決の糸口 産直市場 オドデ館 と 冷蔵保管試験

どこにだって課題はある。
その深刻さはさまざまだが、九戸の人々は強く美しかった。
30年のベテランスタッフの方と連携した葉澤工場長から受け取った大事な甘茶の販売を担当する岩澤営業部長にもお話しを伺えた。道の駅おり詰め・産直オトデ館で、名産のロースを使ったトンカツをいただきながら水出し甘茶をいただきつつ…
「甘茶の価格をある数年前に一気に値上げしました。元々甘茶の販売価格が安かった事に加え、気象状況の過酷さや高齢化による生産者不足によりやむおえない判断でした。とにかく、農家産に還元したかった。しかし、値上げをしても契約は一件も減らなかったのは嬉しい誤算でした。」と岩澤さん。
誰もが国産、九戸村の魅力を知っていた。だから他には変えられるはずがないのだ。
ここ数年では、お寺での花祭り以外の需要も増えてきている。砂糖を使わないジュガーフリー、カロリーのないノンカロリー飲料の原料として。また化粧品に使う可能性として問い合わせも多いという。

生産面、加工面、販売面で奮闘する人がいる中で、技術面では高橋さんも奮闘されている。
農家さんが100キロのロットでの納品が難しいのであれば、収穫したアマチャを冷蔵保管できる施設を村で準備してみてはどうか。どれくらい冷蔵保存しても品質に問題はないのか?という実験をスタートしたところだった。
また、暑い気温でも育成が順調な農園を周り、アマチャを挿木にして新しい種での量産体制や新規就農の方にお渡しするための準備を整えていた。

甘茶の樂園 LAI POH SENG & 船津ご夫妻の庭
取材の最後に訪れたのは、LAI POH SENG & 船津ご夫妻の自邸。世界各地でビジネスをされた後、奥様の故郷である九戸に戻ってこられた。
浄土はこんなところかな、と思わせる美しい世界と美しい笑顔が出迎えてくれた。

他の農園より少し標高が高いところにあり、四方を木々で囲まれているためかお二人のアマチャは変色する事なく青々と美しい。それだけでなく、水色の可愛らしい花まで!
この理由はなんだろうか?

技術者である高橋さんは「実は九戸村の多くの農場で育てている苗は、長野から持ち込まれたものです。1983年に村おこしの一環で行った調査により、気候や土壌的にアマチャ栽培に的しているとして栽培が本格化しました。船津さんの栽培されているアマチャは、その物とはルーツがちょっと違うんです。」と。
船津さんは「大正8年生まれの父が幼い頃に飲んでいたと聞きました。だから、ずっとずっと前からアマチャはこの地にあったのだと思います」と微笑みながら、さらなる甘茶の魅力を教えてくれた。

それは、熟成させた【ヴィンテージ甘茶】だ。
中国茶や漢方の陳皮など、熟成すればするほど味わい深くなったり、薬効成分が高まる…と言われているものがある。
2025年産と2019年産の甘茶を比べてみると、蓋を開けた瞬間からもう!香りが違う。
魅惑の【ヴィンテージ甘茶】、うっとりとしていると、お土産をいただいてしまいました…
甘茶の茶会を開催し、新しい植物の不思議の世界を紹介する機会をつくろう。
人生をかけて植物に向き合う人々。
甘茶をきっかけに、九戸の人々に出会い、自分自身が世界にどう働きかけることができるか考える機会をいただいた。


世界のどこかに咲く植物を、あなたの隣に。
植物の喜びと感動を、みなさまと一緒に味わうきっかけをつくります。
撮影コーディネート 岩手県 九戸村 産業振興課 農政技術員 髙橋 好範氏
執筆 植物採集家 古長谷莉花
撮影 Takuma Shogaki 氏※今回の植物日記の写真が美しいことにお気づきいただけたでしょうか?
撮影に同行してくれたのは正垣さん。彼から、「国産の甘茶がほんまに手に入らないです、年々難しくなっている」とお聞きし、ぜひ現場を一緒にしようとお声がけして実現しました。ありがとうございました!